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山田 拓路  

保育士/日本語教師/認定ファンドレイザー

 

 

 

 

学生時代、釜ヶ崎やフィリピンに行った。

そこには、社会の端に追いやられて痛みながら生きる人たちがいた。

 

追いやったのは、まぎれもない私たち。

 

にもかかわらず、かれらの多くは会えば笑顔を浮かべてくれた。

人生に対するかすかな諦めを背負いながら、それでも。

 

 

自分はどこに立って生きるべきか。

 

 

思い巡らしたあげく、大学を出てすぐ名古屋市近郊のフィリピン人学校を営む非営利組織(NPO)に就職した。

 

それから岐阜に移って保育所を作り、フィリピンから来た子どもたちをあずかったりもした。

 

しかし、様々な出来事を経て、9年勤めたその職場を離れることにした。

 

それまでの間、行政は少なからず動いてくれた。多くの仲間も集まってくれた。

 

社会はある程度変わったかもしれない。

 

しかし、ある程度しか変えられなかった。

 

 

 

2017年4月、カナダに渡り、大学のコースをとって非営利組織のあり方を学ぶことにした。

 

 

2018年、日本に帰ったらまた前の続きをやろうと思う。

 

おそらくいちから始めることになるだろうけれど。

 

 

 

この社会は今のところ、端の方の人が、自分の人生をいくらか諦めながら生きるしかない構造になっていると思う。

 

しかし、私はそんな社会に生きていたいとは思えない。

 

そして、それは、きっと変えられる。

 

・・・

 

そう信じてきたやってきた。

にもかかわらず、私は身をもって知ることになった。

 

 

まぎれもないこの手で、これまで自分が命がけで手を差し伸べてきた人たちの人生に影を落としてしまう時があることを。

 

 

そしてかれらもまた、誰かの人生を脅かす存在になり得ることも。

 

 

時には、不意に手が届かないところへ旅立ってしまう人さえいた。

 

 

 

それでも、やり続ける理由は何か?

 

 

 

 

20歳のときにマニラの路上で出会ったこの少年が、

ごみを掻き分けながら浮かべた笑顔。

そして、やはりどこかに漂わせていた諦め。

 

 

しかし、それは彼自身の人生に対する諦めだけではなかったと思う。

 

きっと、私に対する諦めでもあったのだ。

 

「しょうがないんだよね?」

 

 

 

 

今のままでは、まだ目を合わせることができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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