先住民への迫害の歴史
セント・ジェームス教会のマシュー司祭から、白人カナディアンによる先住民への迫害の歴史をうかがいました。彼は以下のように語られました。
「第二次世界大戦後しばらくの間、白人カナディアンたちは先住民の人々を迫害しました。
子どもたちは、同じ民族である親や周囲の者からの影響を減らすために、家から連れだされ、白人が作った学校(寄宿学校=Residential School)に入れられました。
そこで、自分たちの言葉を喋ったら叱責されたり殴られたりしました。こうして、先住民の子どもたちは白人カナディアンに同化を強いられたのです。時に、性的虐待に至るケースもありました。
本来、子どもたちは危険から守られていなければならない存在です。にもかかわらず、当時の学校は、子どもたちを迫害し、危険な目に合わせていました。
それに教会も加担していたのです。この歴史に私たちは向き合わなければなりません。
私の友人である”A”もその学校に通っていました。
その間、彼の人権はあらゆる形で蹂躙され続けていたのです。”A”は自伝を綴って出版したことがあります。こうした一人の人間のストーリーというのは、人の心を打ちますね。
“A”の領域(Territory)であるバーンズ・レイクは、世界でも有数の美しい場所。ぜひ行ってみるといいですよ。」
カナダ聖公会による先住民に対する迫害と関係構築の道のりを綴ったパンフレット
先住民のもつ価値観
マシュー司祭の属するニューウェストミンスター教区事務所においては、「先住民との公正な関係構築活動」(The Diocesan Indigenous Justice Ministries)コーディネーターのブレンダー・マクドナルドさんが、先住民(Indigenous People = First Nation People = Aboriginal People)のもつ価値観について話してくださいました。
失われた100年:カナダの寄宿学校制度
彼自身が先住民の一人であり、現在は週に1日、同教区事務所でこの活動のコーディネーターとして勤務していらっしゃいます。
ブレンダーさん曰く、先住民の価値観は、西欧のそれとは多くの点で正反対である、とのことでした。
こうした価値観について、以下のように語ってくださいました。
自然の成り立ち
「自然の成り立ちに対する捉え方について言えば、人間が動物や大地、自然を支配しているのではなく、創造主がいて、大地があり、自然があって、人間はその下にあります。人間は、動物や大地、自然に全て教えられているのです。
創造主 = 父
大地 = 母
石・木・動物
人間
人間はいつも、その人生の以前/最中/以後において、創造主と繋がっている(Connected)のです。
時間の流れ
また、時間の流れは、過去から未来へと一方向に流れているというのが西欧の考え方でしょう。しかし、先住民は、時間を繰り返し(Cyclical)であると捉えています。
人間の捉え方
また、相手が誰か、どのような人なのかをたずねる時。
西欧では、What do you do?(普段は何をなさっているのですか?)となるでしょう。
しかし、先住民は、What/Where are you belonging?(何/どこに属する方ですか?) となります。
DO(何をしているか)が重要なのが西欧。
BE(どこにいるのか、属するのか)が重要なのが先住民です。
人へのアプローチの仕方
さらに言えば、人へのアプローチの仕方も違います。
例えば、誰かの困り事を聴く時。
医者のように詰問(Interview) をするのではない。
むしろ、片手間に雑談をしながら、長い時間をかけて、だんだん心の距離を縮めていくのです。
そのゆったりとした関係作りが、先住民にとっては非常に大切なのです。」