岐阜県可児市における多文化保育・幼児日本語教育の試み ―「不就園」幼児の円滑な就学を目指して― (子どもの日本語教育研究会 第5回大会 発表内容)

「子どもの日本語教育研究会(第5回大会)」がコロナウィルス感染症蔓延の影響で中止となりましたが、私が発表予定だった内容が『子どもの日本語教育研究会 第5回大会 発表抄録』に掲載されました。

 

以下、その内容をここに転載します。

岐阜県可児市における多文化保育・幼児日本語教育の試み ―「不就園」幼児の円滑な就学を目指して―

1.実践の場の特徴と課題

1.1. 実践の場の特徴

岐阜県可児市を実践の場とし、同市および周辺地域に居住するフィリピンルーツの幼児を主たる対象とした保育所を設立・運営した。実践時期は、2012年5月から2016年9月までである。対象幼児の人数は、2015年度で年長児15名、年中児22名、年少児16名であった。

 

可児市は日本でも有数の外国人集住地域として知られる。基本的に家族の呼び寄せが可能な「定住者」の在留資格をもつ日系人フィリピン人・ブラジル人が多い。それゆえ、外国籍住民人口内訳を見ると働き盛りの20代後半〜30代のみならず、その子ども世代にあたる0〜4歳も多い特徴がある1)。こうした家庭の多くは両親が共働きであるため、昼間の勤務時間帯、または夜勤の場合は昼間の就寝時間帯に子どもの世話をすることができないケースが多く見られた。保育所を利用する者もあったが、相当数の保護者は言葉の壁から保育所の利用をためらったり、夜勤のために保育所利用の「保育に欠ける」という条件を満たさなかったりして、保育所を利用できずにいた。

 

同市では、就学支援を始めとした外国人児童生徒への公的な日本語教育施策が積極的に行われている。しかし、就学前の幼児に対する日本語教育は十分に行われない状況が長く続いており、幼稚園・保育園に通わない状態(以下、「不就園」)のまま小学校入学を迎える外国ルーツの児童も多かった。上記の2015年度対象幼児は全て可児市および隣接する美濃加茂市で不就園状態にあった幼児の人数である。不就園児の正確な数は行政も未調査のため把握できていない。しかし、多数の外国籍児童を擁する可児市立公立学校の多文化共生担当の教員は、本取り組みの開始前は「就学時健診に参加できない保護者が多くいた」と話す。健診の案内が不就園児の家庭に届いても内容や必要性が理解できず、それを誰かに尋ねることもできず、結果として健診会場に来ないことが珍しくなかったためである。

1.2. 実践の場の課題

外国ルーツの子どもが不就園のまま就学することにより、主に、①小学校生活への順応困難と、②日本語による学習の困難が生じうることが課題であった。「子どもが就学前にどのような生活環境や言語環境であったかは、入学後の学校生活に大きく影響」(松本、2009)すると言われるとおりである。早期支援の必要性がかねてから叫ばれながら、外国人児童支援の先進地と言われる可児市においても幼児への生活支援や言語教育支援の環境が十分整っていたとは言い難い状況であった。

2.実践の目標

上記課題①に対して、小学1年生の教室で、不就園だった児童が他の児童と同程度に円滑な学校生活のスタートを切れるようにすることが第一目標であった。そのうえで、上記課題②に対して、国語や算数を始めとした教科授業にも他の児童と同程度の理解をもって参加できるようにすることを第二の目標としてきた。

3.具体的な実践の内容とその過程

年少から年中(3〜4歳頃)にかけては、日本語を第一言語とする保育士(一般の認可保育園等に勤務経験有り)と、子どもたちと同じ母語等(タガログ語/英語)を話すバイリンガル保育者の双方を配置した保育を行った。日本語話者の保育士は基本的に日本語のみで保育を行う。集団活動の時間も、自由遊びや昼食の時間も、日本語で話しかける。一方、バイリンガル保育者は、子どもの母語で同様の保育を行う。両者の役割分担は、日本語保育士は保育活動全体を進めるのに対し、バイリンガル保育者は保育補助としての役割をしながら、子どもと日本語保育士の通訳を務めることもある。

 

年長(5歳頃)児には10月頃から、上記の保育活動に加え日本語教師有資格者によるひらがなや数字の指導を始め、就学直前の1〜3月には小学校1年生の国語と算数の教科書を用いた授業を行った。概ねひらがなと一部カタカナの読み書きを習得した子どもを主な対象に、市内の公立小学校で使う国語の教科書に掲載されている文章を音読しながら文意を追い、ノートに書写する。算数は教科書対応の市販ワークブックの計算問題を取り出して「やさしい日本語」で説明し、練習問題を解くようにした。こうした取組みの目的は、1年生になれば教室で自分が知っている内容を勉強することになり、「しってる!わかる!」という喜びから自信や楽しい気持ちを湧き起こさせる点にある。

 

また、バイリンガル保育者による母語・母文化保持教育も実施した。在籍幼児の母語・第一言語に合わせ、英語による絵本の読み聞かせをしたり、タガログ語でフィリピンの国旗の意味などを話して聞かせながら国旗の塗り絵をしたりといった取組みをした。母語の確立が第二言語習得に不可欠であると言われるのと同様に、母語・母文化を基礎としたアイデンティティの涵養は自己肯定感の確立にも欠かせないと考え、母語・母文化保持教育の時間を確保するよう努めた。

4.結果と考察(目標の達成度・課題)

大半の年長児が入学時点で、日本語による基礎的な自己紹介を習得し、また教師からの定型的な指示(例:着席)にも概ね従えるようになっていた。入学後、数ヶ月を経た時点で最も入学者の多かった小学校を訪問したところ、数名を除いては取り出しの「国際教室」ではなく、現学級に留まって学習を続けていた。この学校においては、就園経験のないまま新1年生になった児童は、当初「国際教室」に在籍することが通常である。その点に鑑みれば、少なくとも原学級で学習できると教員に判断された児童らは当該実践の結果として小学校生活のレディネスを整えることができたと言うことができるだろう。

 

一方、上述のとおり数名は「国際教室」に取り出されることとなった。在園期間が短すぎて十分準備ができなかった児童もいるが、中には発達障害や学習障害の傾向の見られる児童も複数いた。こうした特別な支援が必要な児童や、あるいは医療的ケアが必要な児童等への適切な対応は、地域資源との連携をとったとしても十分に行うことは未だ困難と言わざるを得なかった点は課題である。

 

1)本稿の可児市の状況は、『可児市多文化共生推進計画(案)2016年度〜2019 年度』による。

 

【引用文献】

松本一子(2009)「就学前の外国人の子どもの現状とプレスクールの必要性」プレスクール実施マニュアル検討会議編著『プレスクール実施マニュアル』愛知県、pp.3〜4