外国人幼児の小学校就学支援、6ヶ月では短すぎる?

期間の長さが主要な課題ではないとは言え、日本語を話せず集団生活も未経験のままの子どもが、6ヶ月で小学校入学の準備を済ませられるのか? 8年以上現場に関わってきた私の答えはNOでした。

 

以下、2015年2月、文科省およびIOM国際移住機関が開催した会合の事例発表で話をさせていただいた内容です(参照:IOM国際移住機関『定住外国人の子どもの就学支援事業 成果報告書』p.23〜)。在日外国人の幼児が小学校入学を控え、どのような壁にぶつかり、それを乗り越えるためにどのような支援が必要なのか。葛藤しながら取り組んできた私たちの活動から、なにか参考にしていただければ幸いと思い、ここに要約を掲載します。

 

名古屋に暮らすフィリピン人の子どもたちとの出会い

私たちの団体は、1998年に当時名古屋市内にたくさんいたオーバーステイ(超過滞在者)の子どもたちのために学校を開きました。そのとき滞在資格がない子どもは公立の学校に通うことができませんでした。名古屋の中心地、栄というところで、いわゆるフィリピンパブなどで働いている女性、エンターテイナー(在留資格「興行」)の資格で来日したものの在留資格が切れて超過滞在者となった女性の子どもたちが、小・中学生でも夜中の2時といった時間に繁華街の中にある公園で遊んでいる状態だったのです。

 

たくさんの子どもたちがなぜこんな夜中に遊んでいるのかということを調査したところ、夜のお仕事をしているエンターテイナーのフィリピン人のお母さんたちの子どもだということが分かったのです。お母さんたちは夜の仕事ですから昼夜逆転の生活を送っているので、子どもたちもそれに合わせて昼夜逆転の生活を送っていました。そして、学校に行くことができなかったので学校に行ったことがなく、滞在資格をもたないまま3年、5年が過ぎたという子どもたちでした。

 

保護者の方は、フィリピンに帰っても仕事がないということで、日本に残って資格なしのまま働いているということがあったようです。それ自体は法に適った行為ではないかもしれませんが、子どもに罪はないということで、子どもたちには就学の機会を提供しなければなりません。そこで、この名古屋の栄地区にいた子どもたちを対象に、名古屋市から東隣にある尾張旭市という郊外の町にフィリピン人学校を設立したのが始まりです。そのまま10年以上、いろいろ紆余曲折はありましたが、学校を継続して参りました。

 

岐阜県可児市の子どものニーズ

岐阜県の可児市での取り組みについてですが、可児市の外国籍人口5,364人、人口の5%あまりです。外国人児童生徒数は外国人児童生徒がゼロという学校もあれば100人を超えるという学校もあって、住んでいる地域がかなり固まっているところなので、多いところでは15%ぐらいが外国籍の子どもになっています。

 

不就園という子どもたちもたくさんいまして、この可児市は就学支援の取り組みを市の事業としてもやっているので、不就学の子は数としては少ないのです。しかし、不就園といって認可の幼稚園、保育園に通っていない子どもたちが地域にかなりたくさんいます。先日聞いたところによると、一番外国籍の子どもが多い小学校の新1年生は、外国籍の子どもが22人でいわゆる日本国籍だけど外国人で日本語が得意ではないという子、隠れ外国籍と言われていますが、その子が5人、計20何人のうちおよそ半数は幼稚園、保育園に通っていないというようなお話でした。

 

幼稚園、保育園に通ったことがないまま1年生になると言葉は分からない。集団生活をしたことがないので、教室に座って他の子と一緒に勉強するという、まず学校生活を始めるという面でかなりの苦労があります。その課題を解決していかなければいけないということで、可児市に、主に就学前の年長の子どもたちのための教室を開校しました。就園しない、できない理由は、主なところでは、保護者の方が保育園、幼稚園の先生と意思疎通が図れないし、何かトラブルがあってもなかなか相談できないということでやめてしまったり、連絡しなかったり、あるいは子ども自身が回りは日本人ばかりで言葉が通じないし、友達ができなくて嫌だということで、就園しないという子どもたちがいます。

 

 

発達障害か集団生活の不慣れによるものか

私たちの教室には昨年度も今年度も15〜20人ぐらいの就学前の子どもたちが通ってきています。そのうち、感覚としては、およそ4~5人に1人の割合で、いわゆるグレーというか、発達に課題があるのではないかという子がいます。座っていられないとか、机の上で走ったり踊ったり、友達を通りすがりに殴って泣かせちゃったり、あるいはこだわりがすごく強かったり、ダブルリミテッドで母語が流暢には話せない子も含めて。

 

IOM国際移住機関の集計ではフィリピン人はタガログ語でまとめられていますが、実際に私たちの教室に来てタガログ語を話すのは半分以下で、ビサヤ語、英語、タガログ語が3分の1ずつぐらいというような割合です。後はすごくマイナーな言語だけをしゃべる子というのもいますので、フィリピン国籍だけでも多様な対応が必要ということです。元々ビサヤ語をしゃべっていた子が、教室にしばらく通っていると、周りにタガログ語を話す子が多いからタガログ語を覚えてしまう。だんだんビサヤ語を忘れてきちゃって親としゃべれなくなるというケースもあります。そういうやや複雑な環境にあるということが、子どもたちの落ち着きの無さや、学力がうまく身に付かないことの原因になっているのか、あるいは先天的な発達障害があるのか、そのあたりの判断を正確にできる専門家の方が地域になかなかいらっしゃらなくて、学校の先生も困りますし、私たちもどういうふうに扱っていいのか判断がつきにくいのです。

 

この子はちょっと発達障害だからといって分けてしまうのはレッテル貼りのようですから出来れば避けたいのですが、やはり集団の中に無理やり入れようとすると、それはそれでその子にとってもつらいし、周りにとっても良くない影響がありうるということで、対応が難しいのですが。今、私たちの教室では基本的に少人数クラスを設けて、先生1人に対して子どもが1人か3人ぐらいという少人数で対応しています。

 

発達に課題があると思われる子は音に敏感な子が多いとも言われていますので、私たちは、あまり音の刺激のない静かな場所で、できれば母語話者の先生も身近にそばにいてもらってめいろとかシール貼りとか、その子どもが好む作業を落ち着いてやるということを中心に進めています。ですので、日本語を学ぶとか母語を学ぶとか、そういうところにまだ至っていない状態の子どもたちもいます。

 

 

就学準備と保育のジレンマ

今日もまた椅子に座ることなく、友達を殴ってけんかし続けているのではないかな、という子どもたちもいますが、もうあと1カ月で卒園してしまいます。残されたこの1カ月で果たして何ができるのか。難しいところです。ただ、その子たちにとにかく「座りなさい」「立たないで」「だめだめ」と言い続けているだけでは、先ほどの話の中でもありましたけれど、自己肯定感がどんどん下がっていってしまうおそれがあります。それでは何のために日本の学校になじむのか。本末転倒になってしまうので、あまりそればかりをするわけにもいきません。厳しくしすぎるのも良くないし、かといって4月から学校生活がスタートするので、そこになんとか間に合わせないといけない。ということで、就学に向けた準備を進めなければならないが、子ども1人1人とじっくり向き合いたいというジレンマがあるところで、スタッフたちは悩みながらやっています。

 

アイデンティティを築く

子どもたちの中に、もう小学校1年生になった子で、私たちの団体のフィリピン人スタッフの子どもですが、お父さんに「フィリピン、嫌い」と言ったそうです。まだ1年生なのに、そういうことを言ってしまう。なぜかというと、幼稚園のとき先生に「フィリピン語をしゃべらないで、しゃべっちゃだめ。日本語をしゃべりなさい。これから日本で生きていくんでしょ」と言われたことに原因があるようです。ですので「もう僕、フィリピン嫌い。フィリピンだめ」みたいなことを言い始めてしまっています。そういう日本の学校に、たぶん先生は一生懸命この子が日本で生きていけるようにと思ってやってくださったんだと思うんですけれども、それがこの子どものアイデンティティを揺るがすことに繋がってしまったのかなというように感じています。

 

先ほど申し上げたのですが、学校に適応させることばかりを意識するのではなく、アイデンティティの保持の視点も大切にした教室運営が必要であると感じているところです。

 

保護者へのサポート

保護者の方々に対してのサポートという課題についてもずっと考えておりまして、2014年度、「子育てに必要な日本語教室」というものを可児市と岐阜市でそれぞれ32時間ずつ実施しました。自分の住所と名前を書けるように練習したり、市役所に行って日本語で住民票の取得の手続きをしてみたりするというクラスです。

 

日本語の住民票取得申請書に書かれた「住所」という漢字を読んで、そこに住所を(漢字で書くのはちょっと難しいので)アルファベットで書きます。「住所」という漢字を理解してそこに住所を書いたり、「氏名」というのが名前だということを理解して自分の名前を書く練習を教室でやった後に、実際市役所に行って手続きをしてみます。また、保護者の方が学校の先生に休みを伝えるというようなこともなかなかできなくて、学校から「突然休まれて困る」という話をたくさん聞いてきました。では、休みを伝えるという練習をやってみましょうということで、教室で「もしもし、子どもが37℃の熱があるので休ませてください」というやり取りをみんなで練習するという時間を取りました。

 

毎週、日曜日の昼から2時間という形で半年間やってきたのです。保護者の方々、結構日本語の力を身に付けてくださったみたいで、この間アンケートを取ったら「すごくいい教室だった」というような言葉をいただいてうれしく思っています。

 

 

今後に向けて

今後に向けてですが、文科省(虹の架け橋教室)事業では原則6カ月で就学させるということを目標に定めていますが、少なくとも就学前年齢の子については、特に不就園(これまで就園したことがない)の子どもに関しては、6カ月というのは短すぎるのではないかと思います。6カ月間で就学させようとすると無理が生じてしまって、詰め込み型になり、子どもに良くない影響も生じるのではないかということが懸念されます。できれば1年以上じっくり支援する必要があるのではないかと思います。3カ月でも十分だとか、あるいはこの就学支援がなくても学校に放り込んでしまえば馴染んでしまうというケースもありますが、やっぱり長い時間かけて馴染んでいくタイプの子もいるのです。

 

例えば私たちが始めたとき、その子は年少児だったと思うのですが、夏ぐらいに入ってきた当初は友達を殴ったり泣いて床で暴れたりするだけで、1日を過ごしていた子でした。でもその子が2年少し経った今、小学校への入学を控え、私たちの教室の中でもリーダー格になるような、他の子に生活の仕方を教えてくれるような子に伸びていってくれたのです。

 

やはりその2年というのは、彼にとって必要な期間だったかなと思います。彼にとっては、6カ月では足りなかったでしょうし、この2年以上という時間があったからこそ彼が今ここまでたどり着いた。そして、おそらく4月になって小学校に入ってもうまくやっていけるのではないかなというふうに思っているのですが。それが彼にとって必要な期間だったのだのです。

 

 

 

外国人の子どもの教育を保障するために

以上が当時の事例報告内容です。

その後も私は外国人の子どもが社会のなかで当たり前に教育が保障される仕組みについて考えてきました。そして今はカナダのバンクーバーにいて、先進的に多文化共生社会を実現させているこの地のとってきた方法を学んでいます。

 

下の書籍は、同じカナダでそういった内容の研究に長年取り組まれているトロント大学名誉教授・中島和子先生が書かれたものです。多言語の子どもの教育において重要なことが数多く指摘されており、外国人の子どもの支援に携わる方の必読書です。

 

「母語」の力と、学校で使う言葉の力の相関関係は?

バイリンガル・マルチリンガルの子どもの育て方は?

 

 

 

 

 

どのような文化や言語の子どもも置いてけぼりにされない社会を目指したいと思います。

 

 

 

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