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非営利セクターのリーダーシップに不可欠の視座を得られる『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』(原題:ソーシャルセクターと“良好から偉大へ”)。全米で200万部のベストセラー『ビジョナリーカンパニー2 ―飛躍の法則』(“良好から偉大へ”)のソーシャルセクター向け続編というべき内容になっています。
著者のジム・コリンズ(ジェームズ・C. コリンズ)がこの【特別編】を執筆しようと思った理由は、『ビジョナリーカンパニー2 ―飛躍の法則』(本編)がソーシャルセクターでおどろくほど読まれたから、とのこと。
ジム・コリンズ 出典:http://www.jimcollins.com
しかし、企業セクター(営利ビジネス業界)の考え方を、社会セクター(非営利業界)でそのまま用いることはできるのか?
誰もがふと思い浮かべる疑問に、コリンズは丁寧に答えています。
企業の言葉ではなく、偉大な組織の言葉を
社会セクターで偉大な組織への飛躍を実現するには、もっと企業に近づけるのが早道だという見方がある。これは意図は正しいがまったく間違った見方であり、拒否しなければならない。
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.53). . Kindle 版.
社会セクターに「企業の言葉」を押しつける単純な方法を拒否し、企業セクターも社会セクターも偉大な組織の言葉を取り入れるべきなのだ。
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.72-74). . Kindle 版.
例えばプロボノ(専門職の知見を活かしたボランティア)を受け入れているNPO経営者さんの中には、企業の言葉(やり方・価値観)を押しつけられて、「なんだかなぁ」と感じた経験をお持ちの方も少なくないはずです。
あるいは、多くのNPOは「マネジメントがなっとらん!!(=規律が足りない)」と言われるかもしれません。しかしジム・コリンズに言わせれば、「企業のほとんども」規律を高める必要に迫られているのではないか、ということです(笑)。だから、企業セクターと社会セクターはともに「偉大な組織の言葉を取り入れるべきなのだ」。
つまり、企業セクターと社会セクターを分け隔てるのは正しくない。むしろ違いがあるのは、「偉大な組織(Great)」と「良好な組織(Good)」との間だ、というのがコリンズの主張です。
それゆえ、本書はプロボノなどでNPOに関わろうというビジネス・セクターの方、あるいはビジネスからNPOに転身しようとしている方にも欠かせない示唆が与えられるものではないかと考えています。
アメリカでも、非常に多くの優秀なビジネスパーソンが一流企業からNPOに転職し、失敗し、そして去っていった。しかし、コリンズがその歴史をも踏まえて説く「偉大な組織への飛躍の法則」を学べば、無用な失敗のリスクをいくらか避けることができるかもしれません。
以下、本書の構成に沿い、簡単に次の5つの問題に集約して論じたいと思います。
1. 「偉大さ」の定義 ─ 経営指標が使えないなかで、偉大さを判断する
2. 第五水準のリーダーシップ ─ 分散型組織構造で成功を収める
3. 最初に人を選ぶ ─ 社会セクターの制約のなかで適切な人をバスに乗せる
4. 針鼠の概念 ─ 利益動機のないなかで、経済的原動力を見直す
5. 弾み車を回す ─ ブランドを構築して勢いをつける
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.91-95). . Kindle 版.
1. 「偉大さ」の定義
偉大な組織とは、優れた実績を上げるとともに、長期にわたって際立った影響を社会に与える組織である。…社会セクターの場合には、「投資した資本に対してどれだけの利益が得られたか」ではなく、「使った資源に対してどれほど効率的に使命を達成し、社会に際立った影響を与えたか」が決定的に重要である。
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.133). Kindle 版.
NPOの経営をしていると、「年間の予算規模1億円の組織に育てたい」なんていう目標を掲げることもあるかと思います。おそらくそれ自体は間違ったことでもなんでもなく、個人的に自分を鼓舞させるための目標値としては良いかもしれない。
しかし、そのNPOの価値をはかるときには、その指標には意味がない。「予算1億円」はアウトプットではなく、インプットに過ぎないからです。むしろ、NPOは平たく言えば「社会をどれだけ良くすることができたか」を計測しなければならない。
では、どうやって計測すればいいのか?
「実績を数量的にはかることができるかどうかは重要な問題ではない」とコリンズは言います。ここ数年、日本のNPO業界でも「成果をはかる」ことが重視されてきていますが、その際に数字にできないものを無理やり数字に置き換えてはかる必要はない、ということを頭に入れておくべきでしょう。
ジム・コリンズはこのように続けます。
重要なのは成果を確認するために、量的な事実や質的な事実をしっかりと集めていくことである。集まる事実が主に質的なものであれば、法廷弁護士が証拠を検討するときのように考える。集まる事実が主に量的なものであれば、研究所の科学者がデータを集め、分析するときのように考える。
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.165). Kindle 版.
量的(定量的)な成果と、質的(定性的)な成果の、両方を集めながら、それぞれに合った方法で考え、分析する。ピーター・ドラッカーが『非営利組織の経営』で語ったように、NPOは成果を自ら定義できるし、定義しなければならない。それが必ずしも定量的な指標でなく、定性的なものだとしても。
さらにジム・コリンズはこのように記しています。
重要なのは完璧な指標を探すことではない。アウトプットの動向を評価するために一貫した賢明な方法を確立し、実績がどのような軌道を描いているのかを確実に確認していくことである。
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.172). Kindle 版.
企業が株価や企業価値によって評価されるのと同様に、NPOも評価指標を設け、適切にその実績を確認・評価されなければならない。さもないと、そのNPOが凡庸で良好な組織なのか、それとも「偉大な組織」なのかが、誰にも、経営者自身にさえも判断し得ないからです。
2. 第五水準のリーダーシップ
第五水準(Level 5)。ジム・コリンズがリーダーシップを以下の5つのレベルに分け、その最上位に位置するリーダーをこのように呼びました。
第五水準のリーダーシップと第五水準までの段階
第五水準のリーダー
個人としての謙虚さと職業人としての意思の強さという矛盾した性格の組み合わせによって、永続する偉大な組織を作り上げる。
第四水準 有能なリーダー
明確で説得力のあるビジョンへの支持と、ビジョンの実現に向けた努力を生み出し、これまでより高い水準の業績を達成するよう、組織に刺激を与える。
第三水準 有能な管理者
人と資源を組織化し、決められた目標を効率的に効果的に追求する。
第二水準 組織に寄与する個人
組織目標の達成のために自分の能力を発揮し、組織のなかで他の人たちとうまく協力する。
第一水準 有能な個人
才能、知識、スキル、勤勉さによって、生産的な活動をする。
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.237). Kindle 版.
一般に想像されるようなリーダーのイメージと、第五水準のリーダーとは、かなりかけ離れているように思えます。コリンズはさらにこのように続けます。
第五水準とは要するに、正しい決定が下されるようにすることである。どれほど困難であっても、どれほどの痛みを伴うものであっても、長期的に偉大な組織を築き、組織の使命を果たすために必要な正しい決定が、合意や人気とは関係なく下されるようにすることが要点である。
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.238). Kindle 版.
ここまで読むと、ぼんやりとそのリーダー像が浮かんでくるようにも思います。この第五水準のリーダーシップはNPOセクターにおいても営利企業セクター同様に必要とされるものです。
さらに詳しくこの「第五水準のリーダーシップ」を知るためには、冒頭で紹介したジム・コリンズのベストセラー『ビジョナリーカンパニー2 ―飛躍の法則』をお読みになることをおすすめします。
その著作の中でひとつだけ印象的だったものをここに載せるとすれば、「第五水準になりうる素質をもつ人がどれだけの割合でいるのか、そのうち何人が素質をのばせるのか、確かなことは分からない」。この研究を進めたコリンズたちでさえ、分からないというのです。それでもそれを目指して努力することによって、自分自身も周りの環境も良くなっていくはずだ、とのこと。
私の勝手なイメージでは、日本のNPOセクターの中でもっとも近い印象を受けたのは、湯浅誠さん(活動家)と、奥田知志さん(NPO法人理事長/牧師)。「個人としての謙虚さと職業人としての意思の強さ」をもちながら、何十年も貧困のうちにある人たちの傍に居続けてきた人たちだと思います。組織をリードするというより、日本の反貧困ムーブメント全体をリードしてこられたお二人だと思います。
皆さんはどんな方を思い浮かべるでしょうか。
3. 最初に人を選ぶ
本編のほうの『ビジョナリーカンパニー2 ―飛躍の法則』(“良好から偉大へ”)から引用します。
偉大な企業への飛躍を導いた指導者は、まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、つぎにどこに向かうかを決めている。(略)
「だれを選ぶか」を決めて、その後に「何をすべきか」を決める。ビジョンも、戦略も、戦術も、組織構造も、技術も、「だれを選ぶか」を決めた後に考える。
出典:『ビジョナリーカンパニー2 ―飛躍の法則』(“良好から偉大へ”)(Kindle の位置No.1418). Kindle 版.
さらに、
社会セクターでは、不適切な人をバスから降ろすのが企業セクターよりむずかしい場合があるので、採用の仕組よりも初期評価の仕組みの方が重要である。(略)資源が不足しているからこそ、人を選ぶことが決定的に重要になるのである。
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.292-310). Kindle 版.
組織をバスに例えて説明されています。
ほんとこれ、大事ですよね。何人かでも人を雇ったことのある方はお分かりになるかと思いますが、例えば…
人手不足
→急に委託もらった!
→必死で人さがして手近な人を雇った
→その人が周りとうまく行かず苦労した
というようなご経験をお持ちの経営者さんも少なくないかと思います。
本の中では、ウェンディ・コップがティーチ・フォー・アメリカ(全米で最も就職先として人気のあるNPO)を設立した時のエピソードが紹介されています。「皆さんがほんとうに優秀なら、私たちの運動に加わることができる」と語ったウェンディ。
彼女は、次の3つの基本を理解していたから優れた人材を集め、成功に至ったと言われています。
1.選別を厳しくするほど、仕事の魅力が高まる。
2.社会セクターには生きる意味を必死で求める人が多く、目的が純粋ならどんな活動でも情熱と使命感を燃え上がらせる力をもつ。
3.ミッション達成に尽くす適切な人材が何よりも重要。
特に最後の点。平たく言えば、カネより人とのことです。時間と才能ある人がいればカネは集まりますが、資金があってもそれだけでは適切な人材を補うことはできませんので・・。
人の問題は組織にとって永遠の課題であって悩み続けることは必至ですが、それでもこの章で語られているような基本を軸に据えておくことで、成功しやすい組織をつくることはできるのかもしれません。
4. 針鼠の概念
針鼠の概念(ハリネズミの概念:The Hedgehog Concepts)は、複雑なことをひとつのシンプルな考え方でとらえなおし、それですべての物事を決めるやり方のことを言います。「選択と集中」と似たアイデアかもしれません。
でも、なぜハリネズミなのか?
それは、アイザイア・バーリンが随筆『ハリネズミと狐――「戦争と平和」の歴史哲学』で、「世間には針鼠型の人と狐型の人がいる」と提唱したことに由来します。
これは古代ギリシャの寓話、「狐はたくさんのことを知っているが、針鼠はたったひとつ、肝心要の点を知っている」に基づいたものだ。
出典:『ビジョナリーカンパニー2 ―飛躍の法則』(“良好から偉大へ”)(Kindle の位置No.1972). Kindle 版.
知恵の働くキツネがハリネズミを襲おうといつも企むが、最後には必ずハリネズミが勝つ。キツネははるかに多くの知恵があっても、さっと丸まって防御態勢をとったハリネズミには敵わない。そしてまた次の作戦をあれこれと練り始める。奇襲をかけてみたり、騙してみたり。でもいつも勝つのは、さっと丸まって防御するだけのハリネズミだ。という話です。
ジム・コリンズは、この針鼠の概念を3つの円で解説しています。
針鼠の概念[ソーシャルセクター版]
1.情熱をもって取り組めるものは何か。
みずからの組織が意味するもの(基本的価値観)と存在理由(使命、基本的目的)に関する理解。
2.自分たちが世界一になれる部分は何か。
みずからの組織が世界のどの組織よりも活動地域の人びとに寄与できる点に関する理解。
3.資源の原動力になるものは何か。
時間、資金、ブランドという3つの面で、資源の原動力になる最強の要因に関する理解。
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.374). Kindle 版.
1と2はわりと分かりやすいですよね。でも3の「資源の原動力」はちょっとつかみにくい気がします。コリンズは本の中でこのように説明しています。
資源の原動力には基本的要素が三つあると思える。時間、資金、ブランドである。
時間
報酬のない活動に、あるいは企業で働けば得られる水準より報酬の低い職に、有能な人材をどこまでうまく引きつけられるか。
資金
継続的な資金をどこまでうまく確保できるか。
ブランド
支援者になりうる層の好意と関心をどこまでうまく獲得できるか。
参照:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.364). Kindle 版.
なんだか余計ややこしくなってきた気もしますが・・、要するに人、カネ、評判がNPOにとってのリソースの3要素、ということかな、と。
そして、この針鼠の概念では、3つの円がそれぞれ重なり合う部分に絞って注力することが決定的に重要であるとされています。したがって、「おカネにはなるけど自分たちの世界一になれるフィールドではない」とか「流行っていてボランティアも集まるテーマだけど自分たちは情熱を持ちきれない」とかいった場合には、「ありがたいが見送りたい」と規律をもって言えるかどうか。そこが世界に大きく貢献できるNPOになれるかどうかの分かれ目だ、ということです。
5. 弾み車を回す
弾み車(Flywheel)は聞き慣れない言葉だと思いますが、辞書によれば・・
はずみぐるま【弾み車】
はずみを利用し、回転を持続させ、回転の速さを一定にするため回転軸に取り付ける大きく重い車。出典:大辞林 第三版
重い車なので、動かすのが大変です。最初は力を入れて押してもほとんど動きません。それでも努力して押し続けていると、少しずつ転がり始めます。初めは時間をかけてやっと1回転。しばらくして2回転。なかなか動かない期間はじれったくて辛いものですが、それでも押し続けていると、4回転、8回転、16回転・・。だんだん勢いがついてきて、軽い力で押してもどんどん回転が速くなっていきます。100、1000、10000回転。もう止めようのない勢いで回り続けていく。こうして偉大な組織がつくられる、ということです。
NPOに当てはめれば、最初は設立者が一人であれもこれも寝る間を惜しんで仕事をこなしていくことが多いでしょう。しかしその時期、ガマンして他人の目のつかないところで(針鼠の概念に沿って)努力を続けていくことで、徐々に支援と熱意が生まれ、それによって成功が生まれ、さらに支援と熱意がまた生まれます。成功しているところに人は集まるものです。こうしてブランド構築がなされていきます。
たとえばTwitterなどのSNSのフォロワー数も、つぶやきまくってやっと100フォロワーとか。それでもツイートやコメントを毎日続けていると、だんだん200、400、800と増えていき、1,000を超えたら(人や組織によりますが)雪だるま式にどんどんフォロワーが増えるケースが多いとか。ひとつのブランド構築プロセスですね。
ちなみに、こちらはNPOキッズドアの代表・渡辺由美子さんの投稿。
年始に改めて、キッズドアの現状を考えてみた。おかげさまで少しづつ団体の規模も大きくなって来てはいるが、目指すところまではまだまだなんだよなー、と改めて思う。
弾み車を押し続けるしかないね。— 渡辺由美子 (@YumikoWatanabe_) January 10, 2018
こうして第一線のNPO経営者も、弾み車を押し続けているようです。さすがですね。
ただし、これからやってやろうという若きNPO経営者の皆さんが、この弾み車の力について特に気をつけなければいけないことは、針鼠の概念に一致するものだけを行う厳しい姿勢が必要ということです。さもないと、無駄な努力に資源をさき続けて、しかしどこにもたどり着けないという憂き目を見ることになりかねないためです。
したがって、針鼠の概念に沿わないものはさっさとやめてしまう勇気も必要なんですね。最も大切なところで弾み車を押し続ける力を使うために。
まとめ
以上、ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』を概観してきました。
おさらいとして、本書の5つのポイントを再掲します。
一 「偉大さ」の定義──経営指標が使えないなかで、偉大さを判断する
二 第五水準のリーダーシップ──分散型組織構造で成功を収める
三 最初に人を選ぶ──社会セクターの制約のなかで適切な人をバスに乗せる
四 針鼠の概念──利益動機のないなかで、経済的原動力を見直す
五 弾み車を回す──ブランドを構築して勢いをつける
出典:『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』 (Kindle の位置No.91-95). Kindle 版.
この5つをいつも意識しながら経営を続けていくことで、あなたの組織も、良好止まりではない「偉大な組織(Great)」へと成長を遂げられる、かもしれません。
もちろん、そこには何の保証もありませんよね。ここまでは机上の空論にすぎないかもしれない。だけど、ぼくもこれからこの基本に忠実にNPO経営をやっていこうと思っています。
答え合わせは、10年後。
この記事をお読みのあなたの組織も、ぼくの組織も、偉大になっていることを願って。
以上、偉大なNPOへ飛躍する法則について(ジム・コリンズ『ビジョナリー・カンパニー【特別編】』(ソーシャルセクターと“良好から偉大へ”) レビュー)でした。