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2010年に日本で公開された『インビクタス 負けざる者たち』。
主役は南アフリカのラグビーチーム主将・・ではなく、ネルソン・マンデラ大統領です。
この映画、「非営利組織(NPO)のリーダーシップ」を学ぶトロント大学のクラスで、先生から「見たほうがいいよ」と再三オススメされたので、見るに至りました。
リーダーシップとは何か、レジリエンス(立ち上がる力、回復力、不屈の精神)とは何かを具体的にイメージするため、ネルソン・マンデラは良いロールモデルになるだろう、とのこと。なお、この作品は南アフリカで実際に起きた史実をもとに作られています。
ひとまず、こちらの予告編をどうぞ。
Reference: YouTube
ところで、劇中のモーガン・フリーマン(マンデラ役)、ネルソン・マンデラ本人とそっくりに見えます。適役だなぁと、改めて。
こっちが映画の中のモーガン・フリーマン(写真左)で、
出典:IMDb
こっちが実物のネルソン・マンデラ(写真左)。
出典:AFP Photo / Jean-Pierre Muller
横顔は、見間違うほど・・。
さて、本題へ。
なお、以下はネタバレを含むので、本作を未視聴の方は、お好みであれば先に見られたほうがよろしいかもしれません。
虹の国は君たちから
ネルソン・マンデラは27年の獄中生活から解放され、その後におこなわれた選挙で南アフリカの大統領に選ばれました。アフリカ系(黒人)であるマンデラが大統領に就任したことで、これまで官邸で働いてきたヨーロッパ系(白人)職員たちは「クビになる」と思い込んだようです。
しかし。
マンデラは初めて官邸に入ったとき、その場にいた(主にヨーロッパ系の)職員たちに次の話をしました。
言語や肌の色の違いを恐れ…
前政権の職員だったからクビだと思うなら、
そのような恐れは必要ないと言おう。
「過去は過去」なのだ。
我々は未来を目指す。
皆さんの力が必要だ。協力してほしい。
残ってくれる者は祖国に多大な貢献をすることになろう。
私が望むものは、皆さんが全力を尽くし、まごころを込めて仕事をすることだ。
私もそうしよう。
我々が努力をすれば、この国は世界を導く光となるだろう。
行く道を示し、
明確なビジョンを共有し、
革新的なプロセスにチャレンジし、
他者に行動を促し、
人びとの心を励ます。
リーダーシップに必要な5つの要素がぎっしり詰まったマンデラの言葉、さすがです。
特に最後の、「皆さんに全力を尽くしてほしい、私もそうしよう、我々が・・」というくだり。YOU+I=WE で語られ、「世界を導く光になろう」と言うあたり、人の心をつかむうまさを感じますね。
しかし、もちろんそう簡単に人の心は動きません。
ヨーロッパ系の警護官(公安の警官)といっしょに任務をこなすことになったアフリカ系の警護官ジェイソンは、その配属を決めた大統領マンデラのもとへ抗議に向かいます。
公安から警官が4名来ています。
警護班への配属に大統領の署名が。
でも、彼らは・・
大統領、これは何かの間違いではないかと。しかしマンデラはこう言います。
警護班は公の場で国民の目に触れる。
私を象徴する存在なのだ。
“虹の国”は君たちから始まる。
和解のあり方を見せるのだ。
それでもアフリカ系の警護官ジェイソンは納得しません。
和解?
俺たちを殺そうとした連中ですよ。
大勢殺された
そんな奴らといっしょに仕事なんかできるわけがない、と。しかしマンデラは彼にこう言います。
分かっている。(しかし)
赦しが第一歩だ。
赦しが魂を自由にする。
赦しこそ恐れを取り除く最強の武器なのだ。
頼む、ジェイソン。
努力してくれ。
警護班全体のリーダーであるジェイソンは、半信半疑ながらこれらの言葉に従って大統領命の任務を全うしようと動き始めます。ヨーロッパ系警護官とともに。仲間を殺したやつらを赦すことなど正気の沙汰ではないし、仲良くできるわけもないのですが、それでも。
危険を恐れるなら指導者の資格はない
ラグビー南アフリカ代表の愛称「スプリングボクス」。ラグビーの代表選手の大半はヨーロッパ系であり、スプリングボクスのチーム自体も白人のものという印象が強かった。
ところが、当時力を持ちはじめていたアフリカ系市民たちが、スプリングボクスの名前を変えようと動き出します。自分たちの所有であることを誇示するために。
数の上ではアフリカ系がマジョリティですから、それも難しいことではなかった。
そのことを聞いたマンデラは、あらゆる予定をキャンセルし、その会議が開かれていた会場へと向かいます。
出典:IMDb
制止しようとする秘書が「一人で行くと独裁者の印象を与えます、閣僚や党から反発されます。失脚の恐れが。指導者としての将来が危険に・・」と諭しますが、マンデラはこう答えました。
今は(チーム名を)変えてはいかん。
選ばれた指導者として過ちを正す。
危険を恐れるなら指導者の資格はない。
危険を恐れないリスクテイクと、無謀さは紙一重。そのギリギリのラインを攻められる自信と揺るぎない信念がリーダーとしての不可欠の要素だと教えてくれます。
我々の国家を築く時なのだ
マンデラがその会議場に着いたとき、既に採決は済んでいました。結果は全会一致で、「スプリングボクス」のチーム名とチームカラーを変え、エムブレムも新調する、と。
しかし、マンデラは会衆に言います。
出典:IMDb
兄弟姉妹、同志たち。
私がここに来たのは、諸君が下した決定は
情報と展望の欠如によるものと思うからだ。
採決の結果は知っている。
全会一致だったことも承知している。
だが私は、スプリングボクスを継承すべきと信じる。
チームの名前と、エンブレム、チームカラーを変えてはいけない。
そう語りますが、会衆は納得しません。マンデラは続けて理由を話し始めます。自身が27年間投獄されていたロベン島での経験を引き合いに出して。
ロベン島の刑務所にいた時、
看守は全員アフリカーナー(ヨーロッパ系白人)だった。
私は27年間、彼らを観察した。
彼らの言語を学び、彼らの本や、詩を読んだ。
敵を熟知しなければ、勝利は不可能だからだ。
そして我々は勝利した。
違うか?
ここにいるみんなが勝利したのだ。
アフリカーナーはもはや敵ではない。
彼らは我々と同じ南アフリカ人だ。
民主主義における我々のパートナーだ。
彼らにとって、スプリングボクスのラグビーは宝物。
それを取り上げれば彼らの支持は得られず、
我々は恐ろしい存在だという証明になってしまう。
もっとおおらかに。
彼らを驚かすのだ。
憐れみ深さと、奥ゆかしさと、寛大な心で。
それらは我々に対し彼らが拒んだものばかり。
だが、今は卑屈な復讐を果たす時ではない。
我々の国家を築く時なのだ。
諸君は私を指導者に選んだ。
諸君を導かせてくれ。
この演説を終えてから、賛同する者に挙手をさせたところ、僅差でマンデラ支持が勝ったようです。ただ、全員が賛同したわけではなかった。当たり前ですね。夢物語を聞かされているようですから。「我々は聖人君子ではない」と言いたくなるでしょう。
それでも、マンデラはポピュリズムに走ることなく、ブレずに自らのビジョンを人びとに示し続けました。
そのビジョンとは、黒人/白人で二分されることなく、国民全員でつくる「虹の国」。
その実現のためには、相手(敵)のふところに飛び込んでいくことさえ厭わない。容易に支持が得られる善悪二元論に逃げず、その先の未来を見すえて人を導く力がマンデラにはあったのだと思います。
変わるべき時に私が変われないなら
マンデラは、テレビ番組に出演して司会者に「昔は南アフリカのラグビーチームを応援せず、むしろ負けるように願っていたとか」と突っ込まれた時、こう答えました。
今はもう違いますよ。
全力でボクスを応援します。
変わるべき時に私自身が変われないなら、
人々に変化を求められません。
テレビ画面を通して、国民に広く訴えかけます。「私は変わる。だからあなたも変わらないか」と。
打ち負かされた私に力をくれた
マンデラは、ラグビー南ア代表「スプリングボクス」の主将であるフランソワ・ピナールを大統領執務室に呼びます。そこでマンデラは彼に尋ねました。
リーダーとしての君の哲学は?チームに全力を尽くさせるには?
出典:IMDb
フランソワは答えます。「手本を示して仲間を導きます」。しかしマンデラは次のように続けます。
そのとおり。まさにそのとおりだ。
だが、彼らが思う以上の力を引き出すには?じつに難しいことだ。ひらめきが求められる。
卓越した力が必要な時、自らを奮い立たせるには?
周りの者すべてを鼓舞する方法は?
私は優れた作品に勇気づけられた。
ロベン島で、絶望的な状況になった時、詩にひらめきを得た。ヴィクトリア時代の詩。ただの言葉だ。
だが、打ち負かされた私に力をくれた
詩の内容は、そのときには語られませんでした。しかし、後日フランソワがロベン島の刑務所を訪れたシーンで、その詩が回想のように聞こえてきます。27年間、獄中生活を送ったマンデラの声で。
私を覆う漆黒の夜
鉄格子にひそむ奈落の闇
どんな神であれ感謝する
わが負けざる魂に
無残な状況においてさえ
私はひるみも叫びもしなかった
運命に打ちのめされ
血を流そうと
決して頭(こうべ)は垂れまい
激しい怒りと涙の彼方には
恐ろしい死だけが迫る
だが長きにわたる脅しを受けてなお
私は何ひとつ
恐れはしない
門がいかに狭かろうと
いかなる罰に苦しめられようと
私は我が運命の支配者
我が魂の指揮官なのだ
変革に挑むリーダーには「レジリエンス」、すなわち倒れても倒れてもなお立ち上がる力が求められます。なぜなら、変革を失敗させず成功に導く唯一の方法は、成功するまで挑戦をやめないことだから。
マンデラはこの詩に勇気づけられながら、獄中で自らを鍛え上げていきます。精神的にも、肉体的にも。魂を鍛えるために、独房で腕立て伏せをして身体を鍛えるマンデラの様子が、別の映画「マンデラー自由への長い道ー」に登場します。
詩に鼓舞され、また自ら身体と魂を鍛え、立ち上がる力(レジリエンス)を身につけていったマンデラ。
それを、フランソワ・ピナールに伝えたかったようです。
フランソワはしっかり受け止め、ラグビーワールドカップで南ア代表「スプリングボクス」の快進撃につなげました。
4300万人の応援
良くてベスト8くらいだと言われていた南ア代表チームは、過酷な練習を経て、決勝戦では優勝候補筆頭のニュージーランド代表「オールブラックス」を逆転で倒し、優勝を果たします。なんだか陳腐なスポーツドラマのように聞こえますが、これが実話であるところがすごい。
映画後半の試合の部分は、リアルな試合の映像とそっくりに作られています。
本当に行われたワールドカップ決勝のビデオをどうぞ。
(2:24:54) あたりが優勝決定の瞬間です。
そして、フランソワ・ピナールへの優勝インタビュー。彼は次のように語ります。まるで映画のセリフのようですが、実物のフランソワが語りました。(上の動画の2:31:20 あたりから)
インタビュワーが言います。
「フランソワ、今日は6万3000人の観衆が応援で支えてくれましたね。」
すると彼はこう答えます。
6万3000人の応援ではありません。
南アフリカ国民4300万人の応援のおかげです。
スタジアムは拍手喝采。
マンデラも満面の笑みを浮かべていました。
フランソワはマンデラが伝えたかったリーダーシップをしっかり受け止め、咀嚼し、自分のものにして、結果に繋げていったんですね。
映画の世界のフィクションではなく、史実として。
リーダーシップについて
この作品から学べるリーダーシップを簡単にまとめてみます。
・ビジョンを明確に示し、「私はやる、だからあなたも」
・必要なら危険を恐れない。恐れるなら指導者の資格はない
・安易な善悪二元論に逃げず、未来を見すえて「全員」を導く
・変わるべき時に自分自身が変われないなら、人々に変化を求められない
・レジリエンス、すなわち打ち負かされても立ち上がる力を鍛え上げる、その力を与えてくれる言葉を見つけて持っておく
・いつも、「全員で」。黒人だけでなく、白人とともに。6万3000人ではなく、4300万人の全国民とともに。
マンデラが27年の獄中生活などを経てこれだけのリーダーシップを身につけ、南アフリカの人種差別撤廃に尽力してノーベル平和賞を受賞したのが、75歳のとき。その後、大統領になってこの作品にあるような活躍を続けました。
リーダーシップは一朝一夕に身につけられるものではないでしょう。しかし、“負けざる魂”さえ持ち続けていれば、いつか身になり、やがて自分たちのビジョンを実現させられる日がくる。そう信じさせてくれる、示唆に富んだ映画でした。
非営利セクターをはじめ、行政やビジネスなどの場で人々を導いていく立場にある方は、ぜひ一度ご覧になってみてください。新たな視座が得られるのではないかと思います。
以上、『インビクタス 負けざる者たち』のご紹介でした。
“ネルソン・マンデラのリーダーシップとレジリエンス|インビクタス 負けざる者たち (Invictus) レビュー” への1件の返信
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