猿払事件(最大判昭49.11.6.)|わかりやすい憲法判例|人権:公務員の人権(公務員の政治活動の自由)

判示事項

① 公務員の政治的行為の禁止は合憲か?

→ 合憲(合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り)

② 上記の判断は、以下の3点から判断される。

   (1) 規制目的の正当性

   (2) 目的と禁止される政治的行為との合理的関連性

   (3) 政治的行為の禁止により得られる利益と失われる利益との均衡

理由

本件公訴事実の要旨は、被告人は、北海道宗谷郡猿払村の鬼志別郵便局に勤務する 郵政事務官で、A労働組合協議会事務局長を勤めていたものであるが、昭和四二年 一月八日告示の第三一回衆議院議員選挙に際し、右協議会の決定にしたがい、日本社会党を支持する目的をもつて、同日同党公認候補者の選挙用ポスター六枚を自ら 公営掲示場に掲示したほか、その頃四回にわたり、右ポスター合計約一八四枚の掲示方を他に依頼して配布した、というものである。

 

(一) 憲法二一条の保障する表現の自由は、民主主義国家の政治的基盤をなし、 国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によつてもみだりに 制限することができないものである。そして、およそ政治的行為は、行動としての 面をもつほかに、政治的意見の表明としての面をも有するものであるから、その限 りにおいて、憲法二一条による保障を受けるものであることも、明らかである。国 公法一〇二条一項及び規則によつて公務員に禁止されている政治的行為も多かれ少 なかれ政治的意見の表明を内包する行為であるから、もしそのような行為が国民一 般に対して禁止されるのであれば、憲法違反の問題が生ずることはいうまでもない。  しかしながら、国公法一〇二条一項及び規則による政治的行為の禁止は、もとよ り国民一般に対して向けられているものではなく、公務員のみに対して向けられて いるものである。ところで、国民の信託による国政が国民全体への奉仕を旨として 行われなければならないことは当然の理であるが、「すべて公務員は、全体の奉仕 者であつて、一部の奉仕者ではない。」とする憲法一五条二項の規定からもまた、 公務が国民の一部に対する奉仕としてではなく、その全体に対する奉仕として運営 されるべきものであることを理解することができる。公務のうちでも行政の分野に おけるそれは、憲法の定める統治組織の構造に照らし、議会制民主主義に基づく政 治過程を経て決定された政策の忠実な遂行を期し、もつぱら国民全体に対する奉仕 を旨とし、政治的偏向を排して運営されなければならないものと解されるのであつ て、そのためには、個々の公務員が、政治的に、一党一派に偏することなく、厳に 中立の立場を堅持して、その職務の遂行にあたることが必要となるのである。すな わち、行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、 憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益にほかならないというべきである。したがつて、公務員の政治的 中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で 必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであると いわなければならない。

 

(二) 国公法一〇二条一項及び規則による公務員に対する政治的行為の禁止が 右の合理的で必要やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたつては、 禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から 検討することが必要である。

 

そこで、まず、禁止の目的及びこの目的と禁止される行為との関連性について考 えると、もし公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは、おのずから 公務員の政治的中立性が損われ、ためにその職務の遂行ひいてはその属する行政機 関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立的運営に対する国民 の信頼が損われることを免れない。また、公務員の右のような党派的偏向は、逆に 政治的党派の行政への不当な介入を容易にし、行政の中立的運営が歪められる可能 性が一層増大するばかりでなく、そのような傾向が拡大すれば、本来政治的中立を 保ちつつ一体となつて国民全体に奉仕すべき責務を負う行政組織の内部に深刻な政 治的対立を醸成し、そのため行政の能率的で安定した運営は阻害され、ひいては議 会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の忠実な遂行にも重大な支障を きたすおそれがあり、このようなおそれは行政組織の規模の大きさに比例して拡大 すべく、かくては、もはや組織の内部規律のみによつてはその弊害を防止すること ができない事態に立ち至るのである。したがつて、このような弊害の発生を防止し、 行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するため、公務員の政治的中立 性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、まさしく憲法の要請に応え、公務員を含む国民全体の共同利益を擁護するための措置にほかならないのであつて、 その目的は正当なものというべきである。また、右のような弊害の発生を防止する ため、公務員の政治的中立性を損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止す ることは、禁止目的との間に合理的な関連性があるものと認められるのであつて、 たとえその禁止が、公務員の職種・職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の 有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損う行為 のみに限定されていないとしても、右の合理的な関連性が失われるものではない。  次に、利益の均衡の点について考えてみると、民主主義国家においては、できる 限り多数の国民の参加によつて政治が行われることが国民全体にとつて重要な利益 であることはいうまでもないのであるから、公務員が全体の奉仕者であることの一 面のみを強調するあまり、ひとしく国民の一員である公務員の政治的行為を禁止す ることによつて右の利益が失われることとなる消極面を軽視することがあつてはな らない。しかしながら、公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属す る政治的行為を、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではな く、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれに より意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは、単に行動の禁止に伴う 限度での間接的、付随的な制約に過ぎず、かつ、国公法一〇二条一項及び規則の定 める行動類型以外の行為により意見を表明する自由までをも制約するものではなく、 他面、禁止により得られる利益は、公務員の政治的中立性を維持し、行政の中立的 運営とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の共同利益なのであるか ら、得られる利益は、失われる利益に比してさらに重要なものというべきであり、 その禁止は利益の均衡を失するものではない。

 

(三) 以上の観点から本件で問題とされている規則五項三号、六項一三号の政 治的行為をみると、その行為は、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布する行為であつて、政治的偏向の強い行動類型に属するものにほか ならず、政治的行為の中でも、公務員の政治的中立性の維持を損うおそれが強いと 認められるものであり、政治的行為の禁止目的との間に合理的な関連性をもつもの であることは明白である。また、その行為の禁止は、もとよりそれに内包される意 見表明そのものの制約をねらいとしたものではなく、行動のもたらす弊害の防止を ねらいとしたものであつて、国民全体の共同利益を擁護するためのものであるから、 その禁止により得られる利益とこれにより失われる利益との間に均衡を失するとこ ろがあるものとは、認められない。したがつて、国公法一〇二条一項及び規則五項 三号、六項一三号は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、 憲法二一条に違反するものということはできない。

 

参照法条

国家公務員法102条1項, 国家公務員法110条1項19号, 人事院規則14―7, 人事院規則5項3号, 人事院規則6項13号, 憲法15条1項, 憲法16条, 憲法21条, 憲法31条

 

裁判所サイト

要旨: http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51800

全文: http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/800/051800_hanrei.pdf

 

ウィキペディア(Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%BF%E6%89%95%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 

2019年版出る順行政書士 合格基本書』

p.16 憲法 4〈人権〉公務員の人権